脱力

力んでしまうのは逆に必要な力が使えていない

「力むな、もっと体の力を抜いて!!」

なんて言われても、その力の抜き方が解らない。

という方も多いのではないでしょうか?

私は思うんですけど、余分な力みが抜けないという場合の多くは、

逆に必要な個所に十分な力が使えていないのではないでしょうか?

「肩の力がなかなか抜けない」なんて場合は、是非下半身しっかり使ってみましょう!!

腰割り

写真はちょっと特殊ですが、このような状況ではとても肩に力みなんておきません。(笑)

合気は力が要らないなんて言われますが、そこはやはり武術(武道)ですからね。足腰や脇の力など、身体の軸の力は必要不可欠だと私は思いますし、そこ使わんかったらホント”しかともない”技にしかならんように思います。

力が要らないとは決して楽をしてよいという意味ではありません。余分な力みを生まない様に必要な個所をしっかり使って稽古鍛錬していけば、自然と力に頼らなくてもよい術が身に付いてくるという意味だと私は理解しています。

※しかともない=博多弁で大したことない

 

無限道場にあるのは年齢、性別、体格を問わず心身を活性化させる知恵。

力を抜くのではなく、必要な個所を正しくしっかり使えば自ずと無駄な力みは消えるという稽古鍛錬法。

筋力ではなく”氣”の特性を活かした心身活性法なのです。

 

大東流合気柔術 無限道場

道場長 竹内 研二

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力を感じさせないチカラを使う

「力を使わない」、「力を抜く」・・・

私は合氣系武術などでよく使われるこういう表現がどうもしっくりこないのです。

以前の投稿にもこう表現しましたが、しっかり立つだけでも、しっかり座るだけでもそれ相応の力は必要なのであり、力を使わなければ自分を支えることさえ出来ないように思うからです。

もちろん私自身が求めているのは筋力主体の剛のチカラではなく、「真の柔ら」です。相手に痛みや不快感を感じさせないようなものを求めているのです。

なので私は現時点ではこう表現し、求めたいと思っています。

 

「力を感じさせないチカラを使う」

そこにはぶつからない、詰まらない、滞らないといった、さらさらと流れるような良質なチカラが必要であり、それを運用する高い技術も必要となってくる。

実際にはこれら体の事に加え、心の状態も活きていなければならず、また氣の働きについてもしっかりと理解する必要があると思いますので、私には安易に力を使わない云々という表現がどうもしっくりこないのです。

私自身日々の稽古を通じて常々実感することがあります。

それは「まだまだここの部位のチカラを使えていないなぁ」ということ。

まだまだ”力が抜けていない”のではなく、その逆にチカラを使えていないこと「チカラ不足」を痛感するのです。

思うに、足腰など必要な部位にそれ相応のしっかりとしたチカラがあるから、全身のトータルバランスとして技に対する力みや詰りも消えていく訳であって、逆に必要な部位にチカラの無い人の技は、いくら力を抜こうとしても動きが固く、詰まってるんですよねぇ。

水鳥が優雅に水面を泳いでいるように見えて、水面下ではしっかりと足を使っているのと同じです。

いやぁホント、しっかりチカラが使えるように体造りをしていくことがとても重要なのです。

現に受けを取る道場生の方々が言うに、私がチカラを抜いている状態よりも、しっかりとチカラを使っている時の方が柔らかく、キレが良いらしいので・・・。

 

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力を抜く=「柔ら」ではない

 

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力を抜く=「柔ら」ではない

いくらチカラを抜いていても硬い人は硬い。

逆にチカラを使っていても柔らかい人は柔らかい。

チカラを抜けば「柔らかくなる」というものではない。

私はそう思います。

 

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作為的な「やわら」

柔らかさを求めて

自らの意思で柔らかさを作るというか

いわゆる脱力した状態を「演じる」とでも言いましょうか・・・

これがまたなんとも作為的なんですよね。

”脱力するために別の力を使っている訳です。”

自然に柔らかいものとは

何も手を加えなくても「柔らかい」

そうなるまで身体を高めなければ意味がなく、

また、自然に柔らかい状態で使うものこそが

「合気」 なのだと私は思います。

 

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「力が要らない」とは?

合気は力が要らない

似たような表現を目にしたことがあると思います。

では、「力が要らない」とはどういう状態を指すのでしょうか?

これには様々な捉え方があると思いますが、

私たちの道場では「力の状態を超える」もしくは「力の状態を卒業する」という捉え方をして、それに伴った身体造りをしています。

火事場の馬鹿力といいますか、ターボがかかった状態とでも言いますか・・・

自分でも「力」を使っている実感が湧きにくい状態を指して

「力が要らない」状態と言えると思っており、その状態になってはじめて「氣の状態」、「合気の入口」であると考えます。

これは決して楽ではありませんが、己を高めているという

確かな実感がありますよ。

 

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