非科学的

目に見えない師匠

以前、道場生の方にこう聞かれました。

「道場長の今の師匠は誰ですか?」

「師匠が居なくて不安ではないのですか?」

という内容のものでした。

2009年5月に独立してから約6年弱。以来、私には師匠という人は存在しません。

では現在の私の師匠は誰か?と聞かれたら

「目に見えない存在である。」と答えます。

守護霊?指導霊?その他の導き?・・・実際にお目に掛ったことがないので、何の導きなのかは皆目見当もつきませんが、とにかく気付かされているのです。そして私は絶大な信頼を置いているのです。

稽古中に道場生の方が言った何気ない言葉だったり、日常のあらゆる場面からふと気づかされることが多い。

そして気付いたことを実際に道場で試してみて、学んできた基本技と照らし合わせてみると「ほぉーっ!!」自分でも感心する位きちんと答えが出るから面白い。

この繰り返しです。

そして今のところ有り余るほどの課題をいただいておりますので、全然不安はないのです。

師の下を離れたということは大きな後ろ盾を無くしたことでもありますが、私にとっては己を導く「気付きの泉」に繋がるための大きな転機だったのかもしれません。そして私はその泉と繋がり続けるための努力が必要なのだと感じますし、それによって益々別次元の泉と繋がりたいとも思っております。

今後万一「気づきの泉」が枯れてしまった時には本気で師匠を探します。(笑)

 

大東流合気柔術 無限道場

道場長 竹内 研二

http://www.mugen-dojo.com/

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木を見て森を見ず/肉体を見て氣を観ず

木を見て森を見ず

(事物の末梢的部分にこだわりすぎて,本質や全体をとらえられないことのたとえ。)

ということわざがありますが、我々の合気稽古に例えて表すならば、

肉体を見て氣を観ず

といったところではないでしょうか。

人をはじめ、生命の全ては肉体的(物質的)な動きだけではありません。

相手の肉体的な動きを見ることはもちろんとても大切ですが、そればかりに囚われていると、直観的な感覚である洞察力も高まらないと私は思います。

ちょっと話がずれますが、ここで観察力と洞察力について調べてみましたら、こういう記述がありました。

観察力⇒物事のありようを深く考えて理解する能力

洞察力⇒物事のありようを直観的に見抜く能力

うーん、稽古中はやはり相手に観察力を向けてはいけませんね。深く考えている間にやられてしまいます。(笑)

もっと洞察力を高めねば。

 

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道場長 竹内 研二

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合気は科学的か非科学的か?そんなことはどうでも良いじゃないですか

合気は科学的か非科学的か?

ネット上でも色んな意見がありますよね。

そこで私思うんですが、実際

そんなことはどうでも良いじゃないですか

「合気の真実を暴く!!」みたいなことしてどうするんですか(笑)

人体の不思議なんてものはそう簡単に解明できるもんじゃないでしょうし、

そもそも合気は身体を使った武術ですよ。

”その道を究めよう”と真剣に臨み、身体を高める練磨を重ねた結果として

開眼する人、非科学的な能力が得られる人が居てもおかしくないじゃないですか。

現に達人たちの逸話には到底凡人の常識では及ばない事がありますしね。

そんな達人たちの感覚を凡人の常識にあてはめようとすること自体がナンセンスなのではないでしょうか?

いらんことをごちゃごちゃ考えるのは専門職の方にお任せして

我々は身体を思いっきり使って稽古すればいいんじゃないでしょうか?

自分の将来に希望を持って

※自分の将来に夢が持てない人は真剣に”師”を求めるべきです。

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