弛緩

身体中を流れる風

気流 ということばがありますが、

これは人の身体にも言えること。

身体の在り方一つで身体を流れる風が変わり、

その流れを上手く掴めれば、

驚くほどに軽く、力が要らない。

重要なのは、身体を流れる風を安定させ、

更に風量を増すための身体造り、練磨が要る。

そして何より私が感じることは

筋力に頼っている間は決して風は吹かず

ゆるんだ身体では強風は吹かない。

あくまで私論ですが・・・

 

大東流合気柔術 無限道場

道場長 竹内 研二

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作為的な「やわら」

柔らかさを求めて

自らの意思で柔らかさを作るというか

いわゆる脱力した状態を「演じる」とでも言いましょうか・・・

これがまたなんとも作為的なんですよね。

”脱力するために別の力を使っている訳です。”

自然に柔らかいものとは

何も手を加えなくても「柔らかい」

そうなるまで身体を高めなければ意味がなく、

また、自然に柔らかい状態で使うものこそが

「合気」 なのだと私は思います。

 

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「力が要らない」とは?

合気は力が要らない

似たような表現を目にしたことがあると思います。

では、「力が要らない」とはどういう状態を指すのでしょうか?

これには様々な捉え方があると思いますが、

私たちの道場では「力の状態を超える」もしくは「力の状態を卒業する」という捉え方をして、それに伴った身体造りをしています。

火事場の馬鹿力といいますか、ターボがかかった状態とでも言いますか・・・

自分でも「力」を使っている実感が湧きにくい状態を指して

「力が要らない」状態と言えると思っており、その状態になってはじめて「氣の状態」、「合気の入口」であると考えます。

これは決して楽ではありませんが、己を高めているという

確かな実感がありますよ。

 

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何故、脱力や弛緩を求めないのか

私は何故、脱力や弛緩を求めないのか

想像してみて下さい。

”究極に脱力している身体”

”究極にゆるんだ身体”を・・・

何となく想像できる(限界がある)でしょう。

そして一体どんな姿が想像できます?

 

だから無限道場では逆に”身体を活かす”ために働きかけるんです。

なぜなら、”究極に活かした身体”って私には想像できないし、求め続ける間は限界がないと思っているからです。

そして、身体を活かす方向に努めていく過程の身体

程よく無駄な力みの抜けた”自然体”へと変わっていくと感じているからです。

 

※”脱力や弛緩”このテーマについては何度でもくどい位に言いたい(笑)

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